共感が未来をつくる ソーシャルイノベーションの実践知 編著:野中郁次郎
ソーシャルイノベーションって何?と思っている方はもちろんのこと、社会的活動と実利を同時に叶えたい企業、組織、個人に読んでもらいたい実践例集です。
この記事は、毎度のことですが、本の要約や解説よりも、この本を読んで、私がどのように思い、引きつけたを書いています。予めご了承ください。
自己紹介
上場企業に20年勤めました。
住宅営業、営業企画、情報システム、研修講師、企業内シンクタンク
主な実績
まだ広まっていないイントラネットを全国の営業拠点に導入(1998年)社長賞
業界初『インターネットで家づくり』(2000年)、グッドデザイン賞(ビジネスモデル)受賞
サラリーマンをしながら、自腹で社会人大学院に通う。
星野克美先生(未来学)、原田保先生(コンテクストデザイン)、紺野登先生(知識創造)に師事、経営情報修士を取得したのを機に独立
今年(2021年)会社設立15年目に入りました。
主な事業内容
NPOと企業の協業モデル構築、企業の事業戦略コンサルタント、シナリオプランニング講師、企業内動画制作
ソーシャルイノベーションとは
地域や組織の人々の価値観の共有と新たな関係性の構築により、地域や組織に特有の歴史・伝統・文化など人々の暗黙知を可視化・綜合化し、それを新たな手法で活用することによって新しい社会的価値を創造する活動である。技術的変化というおり、社会サービスの提供の新しい仕組み、さらに社会関係や制度の変化に注目する。社会的課題の解決に取り組むビジネスを通して、新しい社会的価値を創出し、経済的・社会的成果をもたらす革新のようなビジネスモデルの要素に着目し、社会的成果と経済的成果の両方を追求するという議論が多い。
難しい文章なので誤解を恐れず、超簡単に述べると、地域や社会的な課題をビジネス視点でステイクホルダーと共に解決し、新しい社会的価値を創ろう、ということです。
地域や社会的課題の解決というと、なんとなく儲からない、ボランタリーの世界か、とイメージしがちですが、課題を解決しながら利益を得るビジネスモデルをつくり、ちゃんと儲けていこうよ。ということです。
良く解釈すれば、どんなビジネスも結果的に誰かの役に立って(課題解決)、その対価として利益を得ていますよね。それだけでも大変なことなのに、なぜソーシャルイノベーションみたいな面倒臭いこと考えなくちゃいけないのでしょうか?
ステイクホルダー資本主義
株主価値最大化を目指す時代が終わりを告げた今、賢慮に基づく新主義社会の実現に向け、ソーシャルイノベーションの果たす役割はより一層大きくなっている。その一つのキーワードが「ステイクホルダー資本主義」である。2020年初頭の世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)の年次総会では、ステイクホルダー資本主義がテーマとされた。コロナ禍もあって、企業の社会的責任に対する意識も高まった。環境(Environment)社会(Social)、ガバナンス(Governance)つまり、ESGを重視した経営がより求められるようになってきている。企業の社会的使命をないがしろにした拡大一辺倒のマネーゲーム志向の経営は、今後淘汰されていくだろう。(P292)
これまた分かるようで難しいので超訳(超簡単に訳す)します。誰に向いた、誰のための企業・仕事なのですか?という問いに対して、これまでの資本主義では、お金を投資してくれた株主の方を向けていたのです。でもやっぱり買ってくれるお客さま(顧客)のことを考えないと、いやいや支えてくれる従業員もあっての会社だよ、などという流れがあります。これらの関係者をステイクホルダーと呼んでいるのですが、これからはそれらだけではなくて、環境や社会のこともステイクホルダーに含んで考え、ちゃんとした企業経営をしなくちゃね、ということを言っています。
実はこの裏には、モノが豊かでなかった時代の大量生産大量消費(企業>消費者)から、もうちょっとターゲットをセグメントしてみようか(企業≧消費者)、モノが充実しちゃったので個人毎に対応しなくちゃ(企業=消費者)、なんか同じようなモノばかりで価格競争になってきたぞ(企業<消費者)、何を作ればいいのかわからないよ(現在)という流れがあるのです。今やクリエイティブ・エコノミーの時代に突入していますが。
一方で足元を見ると、様々な課題・問題が続出していたのです。大きいところでは地球環境問題、国内では、超高齢社会、人口減少、社会保障制度の危機、都市一極集中、空家増加、限界集落、働き方では、年功序列崩壊、総中流妄想の崩壊(富の二極化)、働き方改革などなど・・・。これらの課題・問題に対して、公に代わってNPOや市民団体、ボランティアが草の根で活動しているのです。この人たちも大事なステイクホルダーなのです。
三方よし
近江商人の経営哲学の一つと言われる「三方よし」、これは「商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる」という考え方です。これまで長々と超訳してきましたが、この考えがソーシャルイノベーションの根本だと私は解釈しています。
2020年に伊藤忠商事は新たな企業理念をこの「三方よし」と定めました。創業者の伊藤忠兵衛も近江商人だったそうで、ある意味、創業思想回帰です。
清水建設では、相談役だった渋沢栄一の教えである、道徳と経済の合一を旨とする『論語と算盤』を社是とし、経営活動を通じて果たすべき社会的使命を経営理念としています。
なんとなくソーシャルイノベーションのイメージが湧いてきましたでしょうか?これから事例のいくつかを超訳しながら、解説していきます。
リビングラボとは
リビングラボ(Living Lab 以下、LL)は、事業者―市民―行政のパートナーシップをベースに、実際の生活・利用環境(リアル・ワールド)を舞台に、製品やサービス(以下、サービス)の開発者・提供者と市民やユーザー(以下、市民)がサービスを一緒に開発する活動である。(P15)
LLには共創(Co-Creation)とTestbed(実際の運用に近い状態で検証を行うプラットフォーム。実証基盤)の2つの機能があり、市民にはサービスを共創する時のパートナーとサービス利用のモニターという2つの役割がある。共創とはサービスのアイデアの提案や企画等を開発者などと一緒につくる活動であり、Testbedはサービスの評価および、その利用に関するコンテクスト(文脈、物事の流れ)の解釈・洞察の獲得を行うものである。なお最近では、LLの活動を通じて新たな問題を発見することも重要な機能になっている。(P16)
超訳します。何をつくってよいのか分からない、逆に何がほしいのか分からなくなってきた現在、ならば直接市民に聞こう、いや一緒に考えてよ、出来上がったら使ってみて、もっとどうしたらいいと思う?これって社会の役に立つよね?ということを学者さんや行政も入ってワイガヤする場がLLです。
このLLの事例をみてみましょう。
松本ヘルスバレー構想
長野県松本市は、超少子高齢型人口減少社会の急速な進展を予測し、国に先駆けて「健康寿命延伸都市・松本」を将来の都市像に位置付けました(2020年)。この「健康寿命延伸都市」の創造に向けて、「松本ヘルスバレー構想」を打ち出したのです。
この構想は、予防医療・生活習慣の改善、社会的な絆の充実、アクティブシニアの活躍など、健康時から終末期まで安心して暮らし続けることのできるまちづくりを、産業の視点から実現することを目的に策定されました。(詳しくは https://m-health-lab.jp/ )
市のまちづくりビジョンのもとに、市民、企業、教育機関、金融機関などが集い、共にLLをしながら、市民の健康維持、商品・サービスの開発と提供、企業誘致と雇用創出など、市を挙げての地域活動で、知識創造の源泉地とでもいえる競争優位なポジションを構築しているモデルといえます。
参加企業の開発例としては、金融機関では健康寿命延伸サポートのための定期預金、交通社のヘルスツーリズム、電動アシスト付き四輪自転車、カラオケの介護予防システム、ボイストレーニングとエクササイズのプログラム、車椅子牽引装置、健康によいレシピ、各種スマート機器などがあります。市は事業補助金を設けたり、事業と利用者の支援活動を行っています。ここまでくると、一大ヘルスケア産業地といえるでしょう。
オープンイノベーション
クレイトン・クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」は読まれたことはありますでしょうか。革新的な技術やビジネスモデルで従来の企業を打ち破った企業が、大企業になると革新性を失い、優良企業が見向きもしなかった破壊的な新技術により、業界の勢力構造がひっくり返されてしまうこと(P131)を述べている本です。
このような組織の限界を克服しようとする考え方の一つに、ヘンリー・チェスブロウが提唱した「オープンイノベーション」がある。彼は「オープンイノベーションとは、組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開し市場機会を増やすことである」とし、オープンであることが知の相乗効果を誘発し企業や地域社会の変革につながることを示した。要は、境界を越えて異質な知の相互作用の機会を増大することによりイノベーションの可能性を高めるのである。(P132)
これも超訳すると、硬直した企業組織では、社内政治や上司の顔色ばかり気にすることが多くなり、革新的な商品やサービスの企画開発が期待しづらくなっていますよ。だから、外の人を受け入れたり、外に出ていったりして、新しい関係の中から新しいことを発想することが大事になりますよ、ということです。
次はこの事例として、NTTドコモのアグリガールの事例を紹介します。
生活者が繋ぎ深めるオープンイノベーション
アグリガールは、ドコモ内で農業分野のICT普及を担う女性社員たちの非公式組織(活動)です。彼女たちアグリガールは、ICT技術を活用しながらも、農業を支援したい、地方から日本を元気にしたい、という思いをベースに、農業の現場で農業従事者と向き合って生まれる「共感」の醸成を重視し、そこから新たな価値を持つサービスを共に生み出すことを第一義として活動している。(P133ちょっと要約しました)
すでに非公式活動というところだけでもニオイますよね。若い女性たちが農家の現場に突撃するゲリラ活動なのです。「電話で断られるなら、直接会って断られるほうがいい」というくらい相手の懐に飛び込む積極的な活動です。
最初の彼女が突撃した現場は、畜産農家で、協働した最初のケースが、牛の分娩のタイミングを知らせる温度センサーだったそうです。長靴を履き、牛舎の掃除をしながら待ち、話を訊き、何ができるか考え、提案をしていったのです。
私も営業時代、東京都でも田舎の方を担当していたので、車のトランクには長靴とスコップは入っていましたが(笑)、彼女たちの成功は、「共感」で関係をつなぎ深めたことだということです。
著者は、こう述べています。アグリガールは、自らが生活者でもある。生活者としての目線で相手の懐に飛び込み、難しい言葉は決して使わず、自然体で対応することで「共感」を生み出す。(中略)彼女たちはどのような立場の相手でも、同じ生活者として一心同体となり、自己を超える「われわれの主観」を創り上げようと努力した。
私も常々思い述べていますが、企業(人)も、市民である。という思いと同じです。企業と消費者というと対抗軸にとらわれがちで、ちょっと前にはプロダクトアウトからマーケットインへとも言われていますが、彼女たちは境界を取っ払い、生活者同志という「共感」でシンクロした中からニーズを見つけ出したのだと思います。
いま・ここ
ソーシャルイノベーションにおける場は、リアルな日常に棲み込んだものでなければ、機能しない。当事者の参画やコミットメントが、鍵となることはいうまでもないことだが、極論をいえば、産官学民のどんな立場にいる者も、社会において「いま・ここ」を生きる生活者であることは間違いない。(中略)イノベーションは、“I”思考ではなく、“We”思考から生まれる。異質な関係でありながら、互いに補完的な関係であれば、ぶつかり合いながらも対話を重ねることで「1+1が総和以上になる」といった相乗的な活動へと発展できる。(P276)
まとめ
弊社名はコミュニティデザイン研究所です。コミュニティデザインという言葉は、最近でこそ大学の学科名になったり、まちづくり、地域おこし的な活動のことを呼んだりしています。弊社は、創業当時からオフラインであるリアルなコミュニティだけではなく、オンライン上でのコミュニティ、組織内におけるコミュニティをも領域として活動しています。
いずれにしてもコミュニティデザインの領域は限定的であるといえます。それに対して、ソーシャルイノベーションは、方法論としてはコミュニティデザインとほぼ同じですが、広域的で社会的変革をも促すものがソーシャルイノベーションだと捉えることができます。単純化していうと、コミュニティデザインから始まり、ソーシャルイノベーションへと発展するのが理想だと今現在は思っています。
これからの時代には、事例でもみてきましたが、ステイクホルダーがそれぞれのセクターの垣根を取り払い(境界融合)、融合して知(商品やサービス)を創造し、得るもの(利益)は得ながら、新しい社会を創っていく思いが必要だということです。
最後に、近々ソーシャルイノベーションを起こすべく新しいビジネスモデルを一緒に描く多様な職種・技術をもった仲間を募集したいと思っています。
今言えるキーワードは、グローカル、学生、高齢者、観光、商取引、映像・・・。
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